母の存在は失って初めてわかるよ。どんな状態でもいいから生きていてほしかった。

投稿者:でもっちゃ (1977年生まれ/女性/岡山県在住)

私が子供を産んだばかりの時の事です。初めての子ということもあり、何もかもが手探りで心身ともに疲れ切っていました。
私は母と折り合いが悪く、里帰り出産はしていません。
なので、主人と2人で子育てをするしかなかったのですが、主人は帰宅が夜中になることも多くほとんど頼ることができませんでした。
とにかくよく泣く子で毎日睡眠がとれているかすらわからない状態だったので、正常ではなかったと思います。

その頃から幻覚が見えたり、だれかが私の悪口を言っているように感じたりと明らかに精神不安定になり始めていました。
友人たちの勧めもあって実家にお世話になることにしたのですが、実家の家事や実母の冷たい態度で私の中の何かがおかしくなったのでしょう。
心療内科に頼らなければならない状態まで追い詰められてしまいました。

可愛いはずの自分の子供が恐ろしくてたまらなくなり、一緒の空間にいることが恐怖で逃げ出したい気持ちになりました。
当時の私は全力で否定していましたが、いわゆる産後うつと言われる状態だったと今は思います。

見かねた実父の姉、私の伯母が仕事をしていなかったので私の家で面倒を見てくれることになりました。
小さいころから近所に住んでいて、実母以上にいろいろ相談できる存在です。

その頃の私は精神状態が非常に不安定で、死にたい、という衝動にすら駆られることがありました。
そんなのはテレビや小説の中の話で他人事だと思っていたのに、まさか自分が当事者になるとは思っていませんでした。
伯母にもよく当たって、死にたい死にたいと言って困らせてしまったと思います。
その時、今まで黙って聞いていただけだった伯母が静かに口を開きました。

「母の存在は失って初めてわかるよ。どんな状態でもいいから生きていてほしかった。」
この一言は私にとって衝撃でした。
祖母は老人性のパニック障害と認知症を患って、元気だったころとは別人のようになってしまい、亡くなる前はガリガリに痩せて家族の誰もわからない状態になってしまいました。
親戚一同みな介護に疲れていたので、亡くなった時はほっとしただろうと思っていたからです。

母になったばかりの私に、子供の為に生きることを静かに諭されたのです。
あれだけ荒れていた心でしたが、この伯母の言葉は驚くほどストンと心に落ちました。

あれから8年になりました。
私は2人の母になることができて、もう死にたいと思うことなどない忙しい毎日を送っています。
伯母に言われたように母として一日でも長く子供たちの為に生きたいと思いますし、今は私を生んでくれた母にも感謝しています。

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