祖父の一言

おじいちゃんは○○(私の名前)の1番のファンやからね。応援してるから。

私は高校生だった当時、母親と門限の時間についてよく揉めていました。 私は「8時は早すぎる。家から繁華街まで電車で30分かかることを考慮してほしい。大阪まで行ったら1時間はかかるし、9時にしてほしい。守れない約束はしたくない。」と主張しましたが、母は「この家の考え方は8時までという考え方だから、門限を守ってくれない友達と…

私らしく生きる

この言葉を祖父からかけてもらったのは、高校三年生の時のことです。 私の家庭は、私が中学校三年生の時に父親が亡くなったので、母親、私、弟の三人暮らしの母子家庭でした。 高校三年生になってからは、周りの友達は進路の話をしていて、私も高校卒業後のことを考えなくてはなりませんでした。 高校を卒業してすぐに働くという勇気はなかっ…

視野を広く持って色んな世界を経験しなさい。

私は田舎の出身で山と海に囲まれたところで育ちました。 そのため街を出ないと進学するにも就職先が中々なく、私もまた進学する時に学びたい学校は県外にしかなかったのでとても迷っていました。 私の父親は厳しい人だったので、同じ県内もしくは車で2時間くらいで行ける距離の県外でないと反対されることわかっていました。 私が行きたい学…

車は戦争と同じだ。

父方の祖父は生前、近所のこどもたちを集めて道徳を教えているようなとてもお堅い人でした。 寡黙で余計なことは一切喋らず口を開けば「勉強しているか。」 もちろん公園に一緒に行ってくれたり本を読んでくれるなんてこともありません。 そんな祖父が私はちょっと苦手でした。 私は18歳になり車の免許が取れると嬉しくて、家の車を拝借し…

素敵な夢だね、いつかTVで姿を見るのを楽しみにしているよ。

私は中学校を卒業してからは高校にも行かずにいつも街をふらふらしていました。 何も夢のない私は、中学校の友達から「医者を目指している」だの「学校の先生を目指している」だの聞くと無性に腹が立ち、その内に友達とも距離を置いてしまっていたのです。 厳密には私には夢がまったく無いのではなく、夢はあるのにどうせ叶うことのない夢と諦…

お産は遊びじゃないんだぞ!

私が第一子を妊娠したときのことです。 わからないことだらけの妊娠に対する不安と期待を胸に、さっそく育児雑誌を購入しました。 そこには、その当時に流行っていた出産に関するいろいろなサービスが掲載されていました。 たとえば、そのころまだ数少ない病院でしか実施されていなかった胎児の3D写真撮影や、ホテルのような病室、ホテルの…

仕事とは人の役に立つことであり、お金を儲けるために働いてはいけない

この言葉は僕が仕事に悩んでいる時に祖父から言われた言葉です。 就職してから5年ほど経ち、10年20年先の見通しが何となくですが見えてきたころに、このままこの仕事を続けていくかどうか悩んでいる時期がありました。 やりがいがある仕事ではあるのですが、そういった仕事はたいてい自分の生活のなかで趣味と仕事が一緒になったようなも…

この声を覚えていてね。大好きだよ。

私はおじいちゃんっ子です。 自分でいうのもなんですが、孫のなかで私が一番おじいちゃんになついていたので、おじいちゃんも私をとびきり可愛がってくれます。 そんないま80歳のおじいちゃんですが、約20年前に喉頭がんになり、声帯を摘出しなくてはいけなくなってしまいました。 最近だと、つんくさんが同じように声帯を摘出されました…

お前は人にやってもらったことに文句を言うのか!

中学生のころ、友達が誕生日パーティーをするから来てくれないかと私を誘ってくれました。 パーティーは友人の家で開催されたのですが、この日の為にレンタルのビデオを用意してくれたり、昼ごはんにカレーを作ってくれたりと誕生日パーティーに呼ばれている私たちの方がもてなされているような気になるくらい手の込んだパーティーでした。 パ…

またサザエ捕ってやるからな

高校の頃まで実家で一緒に暮らしていた祖父に言われた言葉です。 私は高校を卒業した後すぐに上京し、実家を離れました。 その後は専門学校に通い就職した後も東京で1人暮らしを続け、実家には3ヵ月に1回くらいのペースで帰るようになっていました。 うちは両親が共働きで忙しかったので小さい頃からいつも祖父や祖母が面倒を見てくれて、…

error: