またお母さんが病気になるようなことがあったら十分に心も体もケアできるように看護師になろうと思った

投稿者:かもみーる (1963年生まれ/女性/静岡県在住)

娘が中学3年生の時に、私は癌を患いました。
高校受験も追い込みの11月に手術をして、その後抗がん剤治療に。
抗がん剤の副作用が強く出た私は、酷い吐き気に襲われました。
その時には娘がいつの間にか傍に来てくれていて、黙って背中をさすってくれて。
受験で大変だろうに、気遣ってくれて ありがたかったです。

中学生の頃、娘は将来パティシエになると言っていました。
しかし高校生になって進路を決定をするときには、看護師になると言い出したんです。
ずいぶん違う分野の職業ということが気になり、理由を聞いてみました。
その返事は「ただなんとなくなりたいだけ」。

高校を卒業して看護学校へ行き始めた娘が就職先に選んだのは、がんセンターです。
看護学校時代には、いくつかの病院へ実習に行きました。
その中でも特別厳しいものを感じたのが、がんセンターのようでした。
がんセンターの実習後は、厳しい表情で帰宅することが多かったようです。
多分、就職先にがんセンターは選ばないだろうと思っていました。
しかし親の予想とは裏腹に、娘が選んだのはがんセンターだったんです。

この時、初めて看護師になると言った理由と、がんセンターを選んだ理由を教えてくれました。
娘は 私が癌で苦しんでいた時に、十分に助けてあげられなかったと思っていたそうです。
私は黙って背中をさすってくれただけで十分に助かりました。
けれど娘は、背中をさすっても状態が変らない私をみて、他にできることがあるのではないかと思ったそうです。
でも、あの時の自分には何もできなかったし、元気になれるような言葉もかけてあげられなかった。
だから今度またお母さんが病気になるようなことがあったら十分に心も体もケアできるように看護師になろうと思ったのだと言いました。

涙が流れました。
癌を患って治療中には、家族に気配りできる余裕がなかったです。
自分より家族が大変な思いをしているのにも気づけませんでした。

そんな私を気遣ってくれて、看護師という職業に就いた娘。
看護師になりたての頃は、だいぶ辛そうでした。
しかし、今では頼りになる看護師さんに成長しています。

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