がんばってね!
投稿者:toshi_1965 (1959年生まれ/男性/フィリピン在住)
私は56歳、現在はフィリピン人の妻の実家で小さな食堂と雑貨店を営んで生活しています。
ある事情で日本を離れ、右も左も解らずに飛び込んだフィリピンでの生活。
最初の5年間は店を軌道に乗せるのに必死で仕事ばかりしていましたが、フィリピン人の妻にはそんな日本人のくそまじめな気質が理解できないらしく、「あなた、なんでそんなにがんばるの?」とよく言われました。
そんな彼女が6年目に始めて言ってくれた「がんばってね!」の一言、その言葉のわけを聞いてください。
私がフィリピンに来たのはちょうど50歳。
手持ちのお金はほとんどなくて自慢できるのは健康なことぐらい。
やったことのない食堂の仕事はインターネットのレシピのサイトを覗いてはメニューを研究し、店の内装や看板付けなどの大工仕事も全て一人でこなしました。
がんばれば、努力すれば、何とかなる!
当時の私はそう信じていたのです。

中学、高校と運動部に所属し、社会に出てからもガテン系の仕事だった私は体力が衰えるということに気が付いていませんでした。
しかしフィリピンに来て2年目に、増築中の自宅の屋根から転落し左足首を骨折して以来、自慢の体力は急降下。
それでも松葉杖をつきながら市場に買出しに行く私に妻は言いました。
「あなた、なんでそんなにがんばるの?」
55歳の頃、これまで一度も経験したことがなかった便秘になりました。
最初は「そのうち出るだろう」と軽く考えていましたが、3日も4日も出ないとさすがに不安になり、インターネットで便秘に効く野菜とかを調べて食べるようになりました。
それから半年ぐらいは便秘と下痢を繰り返していていましたが、ついにほとんど出なくなってしまい下剤を飲んではごまかす毎日。
その時はまだ、私の腸の中に悪魔が潜んでいることにまったく気がつかなかったのです。
しかしある日曜日、私と妻は町のスーパーに買出しに行く準備をしていたときのこと。
トイレに入った私は下腹部に異変を感じたのです。
お腹の底から盛り上がってくる焼けるような痛み。
しばらく治まるのを待とうと考えましたが痛みは激しくなるばかりです。
妻は、トイレから這い出してベットの上でのた打ち回る私に「あなた、どうしたの?病院に行こう!病院いこう!」と叫んでいました。
「腸がやぶれたので、これからすぐ手術します」
医者の言葉を妻が通訳してくれました。
腸がやぶれたというのにはびっくりしましたが、激しい痛みが続く中で、「何でもいいから楽にしてくれ」というのがその時の正直な気持ちです。
そして、手術室に入るまで付き添ってくれていた妻が私に言った一言が、
「がんばってね!」
です。
その時は励ましてくれてるんだなあ、と思いましたが、その言葉の本当の意味を知ったのは手術して1週間も経ってからのことでした。
私が慢性の便秘だったのは、ちょうど便が出る肛門の入り口付近に癌ができていて、便が出る道を塞いでいたからです。
そのため腸が膨れ上がってしまい限界を超えて破裂したのだと。
「生還できる望みは50%」
手術の前に医者は妻にそう告げたそうです。
あの時の妻の「がんばってね!」は、ただ励ましたのではなく「私に生きて帰ってきてほしい」という意味だったのでしょう。
この6年間、妻と2人でがんばって店を軌道に乗せ、人並みの生活ができるようになったのは良かったと思いますが、死んでしまっちゃ何にもなりません。
幸い癌はステージ1で転移もなく、九死に一生を得ましたが、これからは仕事はなるべく若い人に任せてのんびり暮らしていこうと思っています。
がんばり過ぎない人生を・・・、そう、妻に2度と「がんばってね!」と言わせないためにも。