充実した人生が送れるやん

投稿者:木村ひろやん (1962年生まれ/女性/大阪府在住)

当時、私は子宮体ガンを患っており、この言葉を聞いたのはクリスマスイブに治療方針を聞かされた日でした。
大元の子宮体ガンは手術で治療しており、治ったものだと思ってた1年半後、遠隔転移をしました。
その時は具体的な治療方針も決まっておらず、兎に角、まず手術を受けられる事に希望を持つしかない状態でした。
先生に「手術が受けられない場合の余命は?」と質問したら「半年」と言われ、手術を受けても大元がでかかったので治療してもいたちごっこだろうと言われました。

私自身、自分が思ってたほどのショックは無かったのですが、これを家族にどうやって伝えようと、そっちの方に悩みました。
私には一人娘が居るのですが、3年弱前に夫を心筋梗塞で失っており、娘にとって短期間に両親が亡くなるというという事実をどう受け止めるのか心配だったのです。
手に持った携帯電話を眺めながら、娘に何と伝えようと思い悩み、中々電話が掛けられない時間が過ぎていきました。

でも、黙ったままという訳にも行かず、娘も結果を聞くのを待ってるだろうなと思ったので決心を固め娘に電話を掛けました。
電話を取った娘は、こちらが心配する声では無かったため、ちょっと安心して検査結果を伝えました。
「手術出来なかったら半年だって」

当時、2人目を妊娠中で、娘自身が大変だった時なので、この言葉を聞いた時の娘のショックは計り知れません。
母親まで亡くすのかという不安もあったかもしれません。
けれど、娘から帰ってきた言葉は意外なものでした。

「ふーん。充実した人生が送れるやん」
まさか、そんな言葉が返ってくると思って無かった私は思わず笑ってしまいました。
娘の声も暗いものではなく、むしろ、あっけらかんとしたものだったのです。
何と伝えようかと悩んだ時間が何だったのかと思うくらいでした。

その時、手術が出来ないという答えが返ってくる場合もあった訳ですから、落ち込みは無かったですが諦めの気持ちは私自身持っていました。
でも、娘のこの一言で、そうか!残りの半年、自分のやりたいように自由に生きよう。夫のように突然命を奪われる訳ではないんだから案外楽しいのかもな。と思えたのです。

元々、余命宣告を受けても診察室をVサインで出て来た私ですから、泣きもしませんでしたし落ち込んでもいませんでした。
けれど、まだ小さな子供を抱えた状態の娘を遺して行く事だけが不安だった私の気持ちは、娘のその一言でかなり救われました。

それからの私は、楽しいTV番組を観て笑い、娘や生まれた孫達のしぐさや行動で笑い、楽しく明るい毎日を過ごすことができました。
不安が一気に消えたのです。
その後、治療方針が決まり、手術対応になって手術をし、今、手術をしてから5年と2ヶ月近くが経過して寛解と呼ばれる状態にまでになりました。

あの時の娘の言葉がなかったら、不安に駆られる日もあったでしょうし、涙に暮れる日もあったかもしれません。
今も、私が笑って過ごせているのは、娘のあの一言が大きかったと今でも本当に思います。
今考えたら、あの時の娘のあっけらかんとした答えは、精一杯の娘からのエールだったのかもしれませんね。

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