海の藻屑って美味しそうだよね~

投稿者:mozumozu (1964年生まれ/男性/福島県在住)

以前付き合っていた彼女は、本当に食べる事が大好きでした。
デートにしても、待ち合わせの場所で互いに顔を合わせた瞬間には必ず「今日は何食べるの?」という質問が彼女の方からきました。
私が「うーん」とはっきり答えないと「あのね、今日、ここ行ってみたいんだけど」と彼女の方から提案される事もしばしば。

彼女は大食いあるいはグルメというのではなく、純粋に食べる事に楽しみを見出すタイプの人間で、食べた事のない物があれば、どんどんチャレンジしたいというスタンスで生きていました。
私も食べものの好き嫌いは全くなく、いろいろなもの食べる事は嫌いではなかったので苦痛ではありませんでしたが、好き嫌いの多い彼氏だったら到底彼女の相手は出来なかったでしょう。

デートに行く飲食店について、普通の女子なら店の雰囲気やシュチエーションというのも重要な要素となるでしょう。
夜景が綺麗なレストランとか、オシャレな小物が充実しているカフェとか。
しかし、彼女は違っていました。

どんな事よりも「何が食べられるか」が最も重要な事だったのです。
場末の立ち飲み屋のような所でも、何か変わったものを出すという情報があれば、年頃の女子が皆無のそんな場所へ彼女は果敢に向かって行きました。
本当に営業しているのか怪しい寂れた店であっても、「何かがあれば」その店に入ってゆく事は常でした。
私が都合で一緒に行けない時でもそんな場所へ単身で乗り込む事もあり、ちょっとハラハラした事もあります。

お泊りの旅行の時も、当然の事ながらその土地でしか食べられない物を最優先に考えて、メジャーな名産物はもちろんのこと地元の人でもよく知らないような穴場さえも事前にチェックしていて、私をしばしば驚かせました。

さて、ある時、私の部屋でだらだらと彼女とテレビを見ていた時の事です。
何か刑事モノのドラマだったような気がします。
作品名は全く思い出せませんが、その中でヤクザのような人が「ふふふふ、そんな事になったら、お前は海の藻屑となっているよ」と言うような台詞(正確には覚えていません)がありました。
まあ普通であれば、そのような台詞の意味するところは足にコンクリートでも括りつけられて沈められてしまう様なイメージかと思います。
私もそんな事をぼんやり考えていました。

ところがその時、彼女が満面の笑みをたたえて発した一言はこうでした。
「海の藻屑って美味しそうだよね~」
言うまでもなく、食に関しての知識は半端でない彼女が「藻屑」を「もずく」と勘違いしているはずはない事はすぐにわかりました。
純粋に「海の藻屑」と言う語感から、何かの食材を空想しているのです。
そこまで食に対して探究心(というか、貪欲さ?)があるのか、この世にあるすべての事を食に結び付けて考えているのか、と圧倒されました。

彼女とはその後いろいろあって別れてしまいましたが、ともあれ「食」に関しては彼女ほど楽しく一緒に過ごせる人はいなかったと思います。
今でもドラマなどで「海の藻屑と消える」という台詞を聞くと、彼女のあの幸せそうな表情を思い出します。

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