自分を大切にしてくれている人を大切にしろ

投稿者:月影 (1972年生まれ/女性/兵庫県在住)

実に単純で簡単なことなのだと、今の私なら思えます。
だけど言われた当時の私はいっぱいいっぱいで、色んなものを抱え込んでは空回りして報われなくて疲れて、それでもやっぱり出来ることといえば何でもかんでも背負い込むことばかりで。
とても簡単なことなのに、あの頃の私には目から鱗だったんです。

もちろんこの言葉は、見返りを望めない人間は相手にするな、といった意味ではありません。
もう20年近く前の出来事ですが、誰かに言われた言葉で心に残っているものはこれだけです。
よほど思い当たる節があるのか、思い出すたびに「そうだよね」と頷く自分がいるのです。
言った張本人は当時の私の言動を見ての言葉だったんでしょうが、その私の言動とやらは過去の経験と深く結びついていて、やって当然のことなのだと思っていました。

自分の存在感の無さや無価値に思えてしまう瞬間、裏切られることの辛さや嫌われる怖さ。
それらネガティブなことを考えたくない、そうはされたくないと思う一心で、どんな些細なことにでも反応し気を遣っていたのです。

大切にしていれば傷つけられないはずだ。
きっと私も大切にして貰える。
それでも去っていく人たち、報われるどころか心がすり減るばかりで良いことなんて無い。

…こう書いてしまうと、どれだけ当時の私は、見返りありきだったのだろうとはっとさせられます。

そんな私だからきっと、見分けがついていなかったんだろうと思います。
私の気持ちに応えてくれている人が少なからず居たはずなのに、私はどんな相手にもまんべんなく疲れた笑顔で手を差し伸べては振り払われ、本当の意味で私を見てくれていた人に対しても疲れた笑顔のまんま。

どれだけその頃の私が滑稽だったか。
大切にしてくれる人を精一杯大切にすれば良いだけなのに、なぜそうじゃないものまで守ろうとする?

すっかり年をとった今でも、時折思い出す言葉です。
実践できているのかは自信ありませんが、あのとき心がふっと軽くなったのを覚えています。

ああ私は何をもがいていたんだろう。
とても近い場所に答えはあったのに、まるで見えていなかった。

目から鱗と共に、靄が晴れた気がしました。
とても簡単で難しい、新聞記者だった彼らしい言葉だと思っています。

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