欠席は多かったけれど、出席した時は真面目に授業を聞いていたもんな

投稿者:psycolo (1976年生まれ/男性/北海道在住)

私が高校生の時の話です。
私はいわゆる不登校気味の生徒でした。
いじめられていたわけでもなく、勉強が嫌いになったわけでもなく、先生や親にしてみたらなぜ学校に行かないのか、不思議だったと思います。
実は、私自身も、言葉で説明しろと言われても、なかなかできないような抽象的な理由でした。
だからうまく説明できず、ただ怠けていると誤解されることが多く、よく怒られていました。
補講を受けて、なんとか卒業できましたので、完全に不登校だったわけではなかったです。
遅刻や早退が多く、欠席も多かったですが、落第するようなこともありませんでした。
ただ、毎日本当に学校に行くのが苦痛で、よく精神疾患にならなかったなと思うくらい、色んなことを我慢しながら学校に通っていたのを覚えています。

そんな感じでしたので、担任の先生を含めたほとんどの先生には、怒られるか、はれ物を触るように扱われるか、無視されるかのどれかでした。
当時の私は、本当は誰かにただ話を聞いてほしかったのです。
否定せず、余計な助言もせず、かと言って上の空ではなく、ただ真剣に私のつらい気持ちを理解してほしいと思っていました。
怒られたり、敬遠されたり、まして無視されている先生に、話を聞いてほしいとはとても言えませんでした。

地理の先生がいました。
男の先生で、当時50歳前半の先生だったと記憶しています。
地理の授業はあまり多くなかったうえに、サボりがちだったので、この先生と接する機会はあまりありませんでした。
結局、地理は出席日数が足りず、補講を受けてなんとか単位をもらえるということになりました。
補講は自習形式で、課題を提出して完了でした。
最後の課題を提出しに先生のところへ行った際、言われた言葉が「〇〇(私の名前)は欠席は多かったけれど、出席した時は真面目に授業を聞いていたもんな」でした。

それまで私は、自分のことを否定的に言われることしかありませんでした。
やる気がない、嫌なら学校やめればよい、だらしない、そんなことばかり言われて、どうしてこんなに苦しんでいるのに、誰もわかってくれないんだろうと、更に殻に閉じこもってしまっていました。
この先生は、とてもやさしい顔と口調で、自分の授業にほとんど出なかった私を、それでも良い面を見つけてくれたのです。
この先生なら、きっとどんな相談にも乗ってくれただろうなと、その時思いました。
卒業間近だったこともあり、残念ながらその後この先生に話を聞いてもらう機会はありませんでした。
しかし、とても強く私の印象に残っています。

今、私は精神障害を抱える方たちを支援する仕事をしていますが、人さまの支援をすることに非常に難しさを感じることが多々あります。
そんな時、いつもこの先生のことを思い出します。
どんな人間でも、どんな状況でも、その人の良い面を見つけること。
決して怒ったり、差別的な扱いをしたり、無視したりしないこと。
それだけで人は勇気づけられるのだと、この先生に教えていただきました。

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