私たちが年取った時に困らないように、お手本に選ばれた人なのよ?あなたは。

投稿者:えみりー (1967年生まれ/女性/宮城県在住)

私は幼少のころからとても特殊な環境で、そのため様々なおもいを抱えながら育ちました。
不安でアンバランスな私を母親のように育ててくれたのは祖母です。
私をさびしくさせまいと、ものごころつく前からさまざまな音楽にふれられるようにしてくれていました。
祖母は唱歌や童謡、周りの大人からはグループサウンズ、ビートルズ、歌謡曲やフォークソングなどなど。。。
ありとあらゆる音楽にふれていました。
小学低学年から合唱とクラシックバレエを習い始め、祖母と私は「いつか大人になったら・・・」という夢を持っていたものです。

就学してからも、そうした特殊な環境は変わることはありません。
私の気持ちの支えとして、祖母の存在はとても大きなものでした。
祖母との「いつかは・・・」の約束を叶えようと、いつしか習い事を身につけることに集中するようになっていました。

しかし高校を卒業して「さぁ、次の一歩」というさなか、私は ある病から音を失い、身体の自由を奪われ車椅子に。
医師には「一生このまま・・・」と宣告されてしましました。
合唱やバレエに不可欠で、まわりにあふれていた「音楽」を失い、祖母との夢は叶えられないものに。
申し訳なく、ふさぎこんでいました。

ショックから周りの気持ちも心づかいも感じられないほどになっていた私に、当時80代の祖母は私にこう語りかけてくれました。
「私たちが年取った時に困らないように、お手本に選ばれた人なのよ?あなたは。」
そして、
「人は誰でも歳を取れば、耳も聞こえづらくなるし歩きづらくもなる。
私もいつかは車椅子のお世話にもなるから、そうなったら、センパイ、お手本、頼むね。」
とも言ってくれました。

その言葉を耳にした当時は意味が把握できませんでしたが、それは祖母からの精一杯の励ましだったんだと今は思っています。
それからわたしは、祖母や周りの協力や訓練の成果などもあり、自立した生活ができるようになりました。

その様子を見届けたかのように、祖母は数年前に亡くなっています。
いまは祖母の言葉と思いを胸に、生きています。

いつか祖母に会う日が来て、「よくやった」と言ってもらえるといいな。
おばあちゃん ありがとう。

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