俺は高校に入ってキャプテンで甲子園に行く。だから勉強が必要なんだ。

投稿者:まえだ (1980年生まれ/男性/アメリカ在住)

私は、大学生の時、地方の塾の講師のアルバイトをしていた。
高校生に対しては、英語や現代文、中学生に対しては、全科目を教えていた。
個別指導の塾で、生徒との距離も近く、私は、初めて教師という立場になりやる気に燃えており、生徒からの支持もそれなりにあった。
私の勤務していた塾では、生徒が自分の希望する先生を指定して、授業を受けることができた。 

ある問題児生徒が、私を指定してきた。
この男子生徒は、いわゆる「ガキ大将」で、いつもいたずら、問題を起こしてばかり。
成績は、もっとも低い部類に属し、高校受験を控えているにもかかわらず、割り算すらできなかった。 
最初の授業で、私は、なめられてはいけないと思い、強気の姿勢で授業に臨んだ。 
しかし、私の想定とは異なり、その生徒は、とても授業に集中していた。 

私は、その生徒に、「ようやくやる気がでたのか?」と言った。
その生徒は、「俺はA高校に入って、キャプテンで甲子園に行く。だから勉強が必要なんだ。」と言った。

私は、まず掛け算、割り算を教えた。 
その2週間後、以前その生徒を教えていた先生が、私のところへやってきて、「あいつが、割り算ができるようになったといって私のところにやってきた。一体どうやって教えたんだ。」と言ってきた。
私としては普通に教えているつもりだったし、理由は全くわからないと言った。 
今思えば、彼も必死だったのだと思う。 

数学と国語を担当していたことから、国語では、まず作文を書かせた。
なぜなら彼が希望する高校の入試には、あるテーマについて作文を書かせる課題があるからだ。
また、作文は、文章力や日本語の理解が問われるのでなかなか効果が出にくいからだ。
私がその生徒に、「なんでも好きなことを書いてごらん。じゃあまず、30分で書いてみてね。」と伝えると、一心不乱に、鉛筆で、作文用紙に書き始めた。
30分後、なんと、800字程度の作文を仕上げていた。

テーマは「野球と自分」であった。
文章には、どうして自分が野球を始めたのか、野球の練習がどれほど苦しいか、どれほど自分にとって野球が大切な存在かが、淡々と、力強い、汚い文字で書き連ねてあった。
お世辞にもうまいとは言えないが、一つも嘘がない、心からの言葉に、どこか心を動かされるものがあった。

次の週、その生徒は、「先生、今日もまた作文書かせてよ。」と言ってきたので、今度は、別のテーマを与えた。
すると、また30分後、作文を仕上げた。他の先生曰く、机について、作文を書く姿など見たこともないということだった。
出来上がった作文には、やはり野球をしている自分の情熱と絡めた、彼の言葉が力強く残っていた。

結局この生徒に対する指導は、受験までの3ヶ月程度であったが、最終的に彼は希望の高校へ入学を果たした。 
卒業後、彼は一度も塾に顔を出さなかったので、私としてもまあ合格してよかった、よかった程度の記憶しかなかった。

ただ、私自身、彼の勉強面に対する大きな変化を見て、人が何かをしたい、達成したいと思う気持ちの素晴らしさを痛感していた。
それ以来、他の新たな生徒に対しては、この生徒の話をするようにしている。 

その生徒の指導を終えた3年後、自宅でなにげなくテレビを見ていると、甲子園への出場が決定した彼の高校が特集されていた。 

丸刈りの高校球児たちの中心で円陣を組み、自信たっぷりの表情でアナウンサーからのインタビューに答えていた彼の姿は、私の脳裏に焼きついている。
中学生の彼の言葉は、それほどまでに重い決意だったのだと。

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