損をして得をとれ

投稿者:ハラモ (1983年生まれ/女性/神奈川県在住)

母の教えで一番心に残っているのが「損をして得をとれ」という言葉です。
幼い頃には全く意味がわからず過ごしていました。
母は幼い頃から子供達みんなに「人には親切にすること。」「困っている人を見つけたら助けるように。」と口すっぱく言って聞かせていました。

小学校高学年になったときに、いじめっ子にいじめを受け、そのことを誰にも相談できず我慢し、学校に行きたくない日もありましたが、一日でも休んでしまったらもう行けなくなってしまう気がして、無理やり学校へ行っていました。
その頃クラスの女子の中で、いじめが流行っていて、一人ずつ仲間はずれにしていくのが流行っていましたが、みんないじめられたくないので、いじめられている人を助けることができずにいました。
私がいじめられたきっかけは、一緒にいた仲良しの友人が仲間はずれにされ、それでも私は大好きな友人と一緒にいたかったので一緒にい続けました。
それがきっかけで、いつしか私が仲間はずれにされるようになったのです。

そんなある日のこと、いじめの主犯格の女の子が今度はいじめのターゲットになりました。
私はその子が大嫌いでした。
そのときは、天罰がくだったんだと思いました。

お家に帰って母にその話をすると、すごい悲しい顔をしながら怒られました。
「なんでその子に声をかけてあげないの」と言われました。
私は「クラスみんないじめていた子だから天罰だよ。それに嫌いなんだもん」と答えました。
しかし母は「誰でも間違えることや、失敗することはあるよね。いつも言っているよね。損をして得をとれと。」と私を叱ったのです。

怒っているというより悲しそうな母の顔を見て、胸が締め付けられる思いがしました。
次の日私は彼女に話しかけました。
それからというものクラスのいじめがパタリとなくなりました。

もしも、そこで私が仕返しをしてしまったり、彼女を一人ぼっちにしてしまったら、
いじめは終わらなかったかもしれないと大人になってから思います。
人の前では損をするぐらい丁度いいのだと思っています。

私も毎日誰かに支えられ、助けてもらいながら生きていることを忘れないように、その人たちへ直接恩返しできなくても、誰かのために何か助けになりたいと思っていたら、いつしか周り回って、お世話になった人に返すことができるのではないかという気がしています。
得は自分で積むものではなないのだと気付きました。
そして人を助けることは、すなわち自分を助けることになるのだと痛感しました。

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