こうやって家族四人で過ごせている今が一番楽しいよな

投稿者:kuriou (1982年生まれ/男性/群馬県在住)

私の父はお世辞にも褒められるような人間ではありませんでした。
家族に黙って借金をしたり、何日も家に戻らなかったり、そしておそらく不倫もしていたのでしょう。
それでも父はどこか憎めない人間で、子どもの頃に両親と私そして妹と家族四人で楽しく過ごせていた日々は、こうやって書いていて涙が出てきてしまうほどに輝かしい日々です。
そんな父はあの東日本大震災が起きたちょうど1年前の2010年に急病によってこの世を去ってしまいました。
僅か54年の短い人生でありました。

両親の離婚の危機が何度あったかはもう覚えていません。
私は中学生の頃から母の父に対する不満の相談相手となり、一方でやはり父のことは嫌いになれなかったので板挟み状態が続きました。
母も母で強そうに見えて根は弱い人間なので、最終的には父と別れることは出来なかったのでしょう。
そうやって肝心なところで父を諌めることの出来なかった私たちが父の運命を決めてしまっていたのではないか、という思いもあります。
いっそのこと別れてしまっていれば父も自らを省み後の運命を起こらなかったのではないか…。
仮定の話にしか過ぎませんが悔やんでも悔やみきれません。

しかしながら父が我々3人のことを大事に思っていてくれたのもまた事実だと思います。
「こうやって家族四人で過ごせている今が一番楽しいよな」というのは、いずれ結婚して家を出て行ってしまう妹のことなどを考えた上での言葉だったのでしょう。
普段おちゃらけてばかりであまり内面を吐露することのなかった父が、祖母の老人ホームを見舞ってから帰りの車の中で4人でいたところにふとぽつりと喋ったこの言葉。
まぎれもない父の本心であったと今でも信じています。

父が病気で倒れる直前に何度目かの離婚の危機がありました。
今回ばかりは危ないかな、なんて思っていたのですが、そんな矢先に父が体調を崩し、そのまま一ヶ月程度で亡くなってしまいました。
本当に信じられませんでした。
あの図太く人生を生き抜いていた父があっさりと亡くなってしまうなんて。
父を亡くした母の嘆きようといったらありません。
やはり何があっても母は母で父を愛していたということが分かりました。

結局、父の言葉は私たち家族の本当に楽しかった時期を象徴する言葉となってしまいました。
妹は昨年籍を入れ、既に家を出ました。
今では4人で暮らしていた家に残っているのは私と母の2人だけです。
私も結婚して新たな家族を迎える日が来るのかもしれませんし、父がいたあの時間が戻ってくることは二度とありません。

家族が全員で暮らせている方々は、その時間というものが本当に掛け替えのないものであることを少しでいいから頭の片隅においてみてください。
本当に楽しい時間というのは失ってみてからよく分かるものですから。

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