どんな人かってわからないから、覚えてるだけしか出来ないの。
投稿者:えびすらいだー (1980年生まれ/男性/福岡県在住)
私が高校一年生から恋焦がれていた同級生の女の子が私に言った一言です。
一年生の時は私と彼女とはクラスが別で、奥手だった私は彼女へ声をかける勇気が出せず、普段は見かける度に彼女を目で追う程度でした。
彼女は綺麗だというだけでなく、笑っているところはあまり見かけないクールな雰囲気に、一体どんな事を考えているかと気になっていました。
二年生になって、目指す大学のタイプと成績によってクラス替えが行われ、彼女と同じクラスになれた私は気分が高揚して、授業や学内行事で何とか彼女と話したり仲良くなれるように不器用ながら必死になりました。
そうして一応クラスメイトとして何となく彼女と会話を出来るようにはなりました。
相変わらず彼女は笑顔をあまり見せないかわりに、時々見せる微笑が私にはとても輝いて見えました。
しかし私は彼女にフラれる事を心配して好意を伝える事は出来ないでいました。

二年生の冬休みに、私の父方の伯父が亡くなりました。
私は父と共に伯父の葬儀へ参列し、その事を休み明けのクラスで友達と話しました。
伯父とは、私が中学二年生の頃まで年に二回ほど、伯父のいる田舎へ遊びに行く時に会っていただけの関係で、私は伯父の事を改めて振り返ると、彼の事をよく知らなくて、それが何となく寂しく感じた事を話しました。
その次の日の放課後、友人達と教室に残って遊んでいた私は、途中でトイレへ一人で行っていると、大好きな彼女が教室へ向かってくるところと鉢合わせしました。
嬉しくも戸惑った私は手を軽く上げて通り過ぎようとすると、彼女の方から私の名前を呼んできました。
立ち止まった私に、彼女は「伯父さんの事聴いたけど、残念だったね」と言ってきました。
「こっちの事だから気にしなくても良いよ。でもありがとう」と私が答えると、彼女は少し間をあけてから、彼女は小学生の頃に父親を病気で亡くした事を話しました。
突然の話で何も言えないでいる私に向けて、彼女は自分の父親の事をあまり覚えてない事と、父親がどういう人だったかは更によくわからないという事を話し続けました。
その時に聴いた言葉が「どんな人かってわからないから、覚えてるだけしか出来ないの」でした。
その時に感じた彼女の寂しそうな、あるいは悲しそうな様子が、私が彼女から一番強く感じられた感情でした。
そして「寂しいけどね、でも覚えてるだけは出来るかなって思う」と彼女は続けて、話をやめました。
私は彼女から同情されているんだと思い「ありがとう」とだけ答え、その場は彼女と別れました。
その時に、とても彼女の心の深さと優しさを触れたと同時に、彼女がとても大人っぽい人だと思えて、それ以前より彼女と関わりづらくなりました。
その後、三年生も彼女と同じクラスでしたが、告白もせず、クラスメイトのまま高校卒業した後は彼女と会う事はありません。
三年間も彼女と近い距離で結構な時間を過ごしたはずなのに、好きだったのに、彼女の事はよく理解できませんでした。
ただ今でも彼女の事を覚えていて、時々彼女の言葉と共に思い出すようにしています。
社会人になって十年以上経ち、私は様々な人と出会い、別れも何度も経験しました。
その度に高校時代の彼女の言葉を頭に浮かべます。
別れた人達の事は理解できなくても、出来るだけ彼らを覚えておく事が、今では私なりの誠意だと思っています。