でも君は、踊ることが好きなんだよね

投稿者:れい (1953年生まれ/女性/埼玉県在住)

ニューヨークに留学していた当時のことです、通っていたのはダンススクールでした。
そこのテクニックを出来るだけ学びたくて行ったので、正直周りの学生とは一回りは年齢が違っていましたが、それでもバイトしつつ頑張っていました。

当時住んでいたのは女性専門のアパートで、男性は近親者でも立ち入り禁止。
でもそこはニューヨークのことですので、夜の受付のガードマンは男性がやっていました。
気さくな黒人男性で、誰とでも会話のやり取りをさくっとするような、感じのいい男性でした。

正直、若い人たちとは違って、そこのダンスカンパニイに入ろうとか言う野望は持っていませんでしたが、それでもやはり一緒にクラスを受けているからにはライバル心のようなものが出来てしまいます。
とは言え、若さのエネルギーにはやはりどうしても勝てなかったり、仕送り無しの学生でしたので夜はバイトで体力削られていました。

疲れが溜まると、人間どうしてもネガティブになってしまうものです。
ネガティブになると、愚痴も出ます。でもさすがに、年下の特に同じ日本人留学生には、弱音は吐けません。小さいけれど、プライドが邪魔します。
後から入学してきた学生が、私を追い抜いていくのに「そりゃあ若いんだし、仕送りで学校だけ来てればいいんだし」と自分を慰めていましたが、それでも何となく心がもやもや。

バイトから帰宅するのは大体その頃は、12時近くでした。
なので何時もそのガードマンがいたのですが、そして何時もひと言二言交わしてからエレベーターに乗っていたのですが。
その日はあれこれで疲れきっていて、どうにもこうにも愚痴が止まらなくなってしまったのです。
「もうこんなきついこと、やってられない」

思わずそう言ってしまった私に、そのガードマン氏はにこっと笑って。
「でも君は、踊ることが好きなんだよね」

目が醒める思いでした、大事なことなのに一番大事なことなのに、忘れていたんでした。
踊ることが好きだから、だから学びたくて来たのに。瑣末なことにばかり気をとられて、一番大事なことを忘れる所だったのです。

彼のひと言が、その後もきつくなるたびに思い出されたのは、勿論のことでした。

error: