やろうと思うんじゃなくて、やれると思って明るい気持ちで努力する

投稿者:nakaiiouti (1956年生まれ/女性/東京都在住)

いつも、あれをしよう、これをしようと前のめりな気持ちになっていた受験勉強時代。
今より「良い自分」になるためにしっかり勉強をやらなくっちゃ、と思っていました。
でも結果が思うようにでないとき母親が何気なく言った言葉がこの一言でした。

きっとわたしは、思うように成績が伸びないことで下を向いて暗い顔をしていたのだと思います。
でも、この一言を聞いて、はっとしました。
やろうやろうと思って空回りしていた自分の心を見透かされているような気持ちになって、少し恥ずかしいような気持ちにもなりましたが、まさしくその時のわたしに必要な言葉でした。

この言葉は今でも何かにつけて思い出し、その意味をかみしめて、大切にしています。
自分にだけではなく、同じように自分のやっている努力の結果がみえずに悩んでいる人に伝えることもあります。
それほどこの一言はわたしの中で大きな転換を与えてくれた言葉なのです。

その言葉を聞いた時には、その言葉がなぜ自分の心に響いたのかを冷静に分析することなどは、とうていできませんでした。
けれど、大人になってから、その時の自分の心理状態などを考えて振り返ってみると、その時にはわからなかったことがみえてきたのです。
この母の何気ない一言の中には、大きな視点の転換を与えてくれる二つのことが含まれていました。

まず、その一点目。
それは「やろう」と「やれる」の違いです。

もちろん、「やろう」という気持ちは大切です。
けれどその言葉で自分を奮い立たせている気持ちの中には、未確定なことがたくさん含まれています。
前に向かいたいという願望が前面にでていることには違いないのですが、実はまだやれていない、という現状を否定する気持ちが、ほんの少しにせよ、根底に含まれているのです。

それに対して、「やれる」という気持ちは自分を全面的に肯定しているのです。
もちろん未来のことを断定することはできないのですが、やれると言い切る自分は、自分がこれからがんばる未来の結果に対して、正面切って向かい合える覚悟ができているのです。

次に二点目。
それは「明るく努力する」というところです。

努力という言葉からは、楽しさよりも苦しさが先に連想されますが、そこをあえて楽しくと言い切っているところが面白いのです。
そうか、自分の将来の夢に向かって努力しているのだから、本来この努力は楽しいものであるはずなんだ、という視点の転換があります。

長い人生にはいろいろなことがあり、努力しないといけないことにたくさん出会います。
そんな時にいつもこの言葉を思い出しています。

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