へばったら頑張れ、いつも努力を忘れずに
投稿者:pokepoke (1974年生まれ/女性/東京都在住)
もうかれこれ30年近く前の話です。
今でも目を閉じると恩師の姿やその日の光景がよみがえります。
私が12歳、小学校の卒業式の日、体育館での式が終わり担任の先生との最後のお別れのため私達は慣れ親しんだ教室へ戻ってきました。
友達と、何だか卒業してしまう気がしないね、また春からここで一緒に勉強したいね、と話しながら卒業証書や上履きなどの荷物をまとめ担任の先生が来るのを待ちました。
5,6年を受け持って頂いた先生は自分の母親と同じくらいの先生で、とても厳しい先生でした。
忘れ物や悪ふざけをすると有無を言わさず、
「廊下往復10回!」
といって雑巾をもたせ1組~3組の長い廊下を往復10回。
往復ですから小学生にはかなり応えました。
私も1度だけやりましたが、終わる頃には足はがくがく、フラフラでもう2度と忘れ物はしないと思ったものです。
給食も絶対に残してはいけなく、食べ終わるまで次の授業中も、帰りの会の時も食べさせられました。。

富士山マラソンといって、富士山頂上までと同じ距離を校庭で数ヶ月かけ何百週もしました。
私も放課残って走り続けたのを覚えています。
その当時は鬼だ!と思いましたが、大人になり、好き嫌いがなく何でも食べられるようになったのも、富士山マラソンで最後まで走り続けて、体力がついたのも、先生のおかげだったなと思います。
厳しいばかりではなく、夏休みにプールの掃除を手伝った子たちには、アイスやラーメンをご馳走して労ってくれました。
何か生徒間でトラブルが起きたときは、真剣に向き合って解決をして下さいました。
そんな先生とも今日でお別れと思うとやはり寂しいな、子供ながらに思っていました。
教室に入ってきた先生は私達一人一人に色紙を下さいました。
そこには筆でかかれた「努力」の二文字。
「これからの人生、楽しいこともいっぱいあれば様々な苦難もあると思う、苦難に出くわしたとき、どうかこの言葉を思い出してください。」
「へばったら頑張れ、いつも努力を忘れずに」
卒業してから色々な出来事がありました。
そのたびにこの言葉を心の中で唱え乗り越えてきました。
最近も予期せぬ病にかかり手術入院。
良くなったと思ったら再度手術を受けなくてはいけなくなり、もう先は長くないのかな、と弱気にになりました。
そんな時この言葉が浮かんできました。
そうだな、ここがどん底、頑張りどころだな、と涙があふれました。
今、まだ病と闘っています。
先が見えず時間はかかりそうですが、何とか乗り切ろうと前向きに考えています。
生きる勇気の出る言葉を下さった先生に感謝の気持ちでいっぱいです。
先生、本当にありがとうございます。