普通でいいんだよ、普通が一番だよ

投稿者:くらすまん (1965年生まれ/男性/山形県在住)

私は娘からある言葉を言われて、自分の人生の考え方が変わりました。
私は小さいころ父親が事業で失敗して、つらい幼少のころの経験があります。
母はいつも疲れ果てた様子で、いつも夫婦喧嘩ばかり。
当然そんな生活なので、小さいころは家族旅行どころか父や母とのんびり遊んだ記憶すらあまりなかったのです。

そんな私も社会人になり、父の事業を手伝いなんとか建て直しに成功して軌道に乗せることが出来てきました。
事業も順調で、取引先の方の紹介でお見合いをして今の妻と結婚することに。
妻の家は家柄もよく、親戚中からも祝福されました。
結婚後も二人の子供に恵まれ、金銭的にも余裕が出てきたので思い切って住宅を購入しました。
子供のころのつらい経験から、自分の子供には絶対あんな経験はさせたくないという思いが強く、今まで以上に仕事を頑張ったものです。
子供もすくすく育ち、新しい家も広々としていて家族からも評判がよく、お金があれば幸せになれると思っていた私はとても幸せでした。

しかし、その幸せも長くは続かず、事業が景気のあおりを受けて極端に不振に陥り、なんとかしようと努力して新たな設備投資などで状況を改善できるよう努力しました。
でもそうなると悪循環の繰り返しで、もうどうにも建て直しが聞かない状況となっていきます。
家庭の中も最悪で、まさに昔自分が経験したことの再現を見ているようで、自分自身のふがいなさを感じました。

そんな時、苦しんでいる私の様子を見かねたように「父さん、普通でいいんだよ、普通が一番だよ」といってくれました。
その言葉を聞いたとき、私はお金があってよい暮らしをさせてやれば子供は幸せだと思って頑張ってきましたが、本人はそんなことは望んでいないんだということに気づいたのです。
私は肩の荷が下りたように気持ちが楽になり、俺はどうしてこんなに無理をしてきたんだと思いました。

借金の額も膨れ上がり、他の融資の当てもなくこれ以上事業を続けるのは困難という状況でしたので、家族と相談して事業も一切やめて自宅も手放すことにしました。
でも、不思議と事業をやめて自宅も人の手に渡るという状況なることがわかっても、妻や子供たちはあまり悲観した様子ではなかったのです。
むしろ、今までの無理のある生活から開放され安堵感からか、私自身も気持ちが軽くなりました。

娘の言葉にあったように、第二の人生は普通に暮らせればいいと考えて、無理のないレベルで仕事が出来ることを考えていくこととなります。
その後の生活は、妻とも相談して人ごみを離れた田舎でのんびり無理のない生活をしたほうがという言葉で決心した野菜などの直売所でした。
妻の実家がおおきな農家だったつながりで、近くに家を借り直売所のオーナーをやっていくこととなるのです。

収入は今まで3分の1まで減りました。
でも、家族の絆は今までよりも3倍強くなった気がしています。
今でも娘のあの時の言葉は思い出の言葉として忘れられません。

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